マルサの女

公開 1987年
監督 伊丹十三
公開当時 宮本信子(42歳) 山崎努(51歳)
私が十代の頃に何度も地上波放送されましたが、「脱税者VS国税局」の対立構造が良く分からず、社会派エンターテイメントという作風にも馴染が無いせいか、いまひとつピンと来なかった記憶があります。
主演の宮本信子は華の無いただのおばさんという印象で、1980年代アイドル映画全盛期の時代にには明らかに異質な作品でした。
大人になってから見返すと独特の味わいがあり、スピーディでキレのある展開で、税制を背景にエロと欲と意地が織りなす大人のブラックユーモア溢れる作品ですね。

マルサとは「国税局査察部」の事。
港町税務署に勤務する板倉亮子はどんな小さな脱税も見逃さない有能な査察官。
査察官ら目星をつけた企業経営者の身辺を調査し、脱税の証拠をつかむ。
査察官らが特に注視するのは「特殊関係人」と呼ばれる企業経営者の愛人。
彼女らの使命は印鑑や通帳を絶対に見つからない場所に隠すこと。
査察官の前で全裸になり足を広げ、
「女はここに隠すんだ! ここは探さなくていいのか!」
当時は女性の裸が地上波で当たり前に放送されていたのですが、このシーンには度肝を抜かれ凍り付いてしまいました。

亮子はラブホテルを主軸として経営する権藤商事に目をつける。
取締役の権藤英樹はあの手この手で利益をごまかし、億単位の脱税をしていた。
権藤は金儲けに対し、独自の哲学を持っていた。
「俺は女に惚れたら結婚してすぐに離婚する。それで、慰謝料をたっぷりやる。慰謝料には税金がかからないからね」
「金をためようと思ったら、使わない事だよ。10万しか無くても使わなければまるまる10万残るんだから」
「喉が渇いたからって、半分しか溜まってないコップの水を飲んじゃうだろ? これは最低だね。なみなみいっぱいになって溢れて垂れくるのを舐めるんだよ」

権藤には離婚した妻との間に一人息子がいた。
金の亡者のような権藤だが、息子への愛情は深かった。
亮子が息子、太郎の話し相手になってあげた事をきっかけに、権藤は亮子に親近感を持つようになる。
9億円にも昇る脱税が発覚し、権藤は査察官の取り調べを受ける身となる。
権藤は、残り3億円の在り処を白状しようとしなかった。
ある日、権藤が亮子を訪ねてくる。
「俺のところに来ないか」
首を横に振る亮子を見て、権藤はポケットからナイフを出し指を傷つけ、ハンカチに血で貸金庫の暗証番号を書き亮子に渡す。
世の中の裏も表も知り尽くしたような権藤が、亮子に拒絶され少年のような傷つきやすく脆い一面を見せた事があまりに意外過ぎ、このシーンは強烈に記憶に残っています。
金の亡者のような権藤のキャラクターをひっくり返すような演出で、伊丹十三の意図がどこにあるのか知りたくなってしまいます。

メインテーマ曲である不穏で流麗なサックスの音色を聴くと、映画の場面が頭に浮かぶ人は多いのではないでしょうか。
主役が国民から税金を搾り取る憎らしい国税局ということもあり、何故か権藤やその他の悪徳経営者に肩入れしたくなる構図です。
ガサ入れで勝利した査察官を見てもカタルシスを感じる事が出来ず、どう感じて良いかわからなかったのを覚えています。
亮子はおかっぱ頭に化粧っ気のない顔、自らの信念を疑わず猪突猛進に任務を全うするキャリアウーマンで、それまでヒロインの座に据えることの無かったキャラであることは間違いありません。
権藤や亮子の上司を演じた津川雅彦など、皆キャラが立っており、登場人物の醸し出すクセを堪能する作品と言えますね。

宮本信子や山崎努を始めとする俳優陣が、皆現在の自分より年下であることに改めて驚かされてしまいます。
彼らのギラギラした円熟味に比べれば、私など年だけ喰った子供のようなものです。
いつまでも子供のような純粋な心を持っていたいなどというフニャけた私世代と違い、1980年代を生きた大人たちは、早く大人になりたい、早く大人になって戦いたいと日々考えていたのではないでしょうか。

本作は日本アカデミー賞作品賞、最優秀女優賞などその年の賞を総なめし、その後も伊丹十三監督、宮本信子主演の映画は「あげまん」「ミンボーの女」など次々と製作され大ヒットを飛ばしました。
何故自分の妻を主演にするのかと問われた時、伊丹十三は
「いい女優なのに、誰も使わないから」
彼ほど女優宮本信子を魅力的に撮る監督は存在しないでしょうね。
伊丹十三が64歳の若さで不慮の死を遂げた時、インタビューに答える宮本信子の悲痛な表情を今も覚えています。
時代の先を行き過ぎていた感のある、80年代を代表する名作ですね。
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