ボーはおそれている
公開 2023年
監督 アリ・アスター
公開当時 ホアキン・フェニックス(48歳)
不安神経症の男が周囲の人間に蹂躙されながら、満身創痍で旅を続けるロードムービーです。
3時間と長尺ながら、一寸先も読めない緊張感があり、イカれてぶっ飛んだ世界観で、観客は精神を病んだ男の脳内に迷い込んだ気分にさせられるのではないでしょうか。
見た時の精神状態によって印象が変わる抽象画のような作品です。
本作はストーリーの進行とともにわかりやすく背景が変わり、舞台に例えるなら5幕構成となっています。
第1幕 治安の悪すぎる地域で一人暮らしをするボー。
ボーの暮らすアパートメントはスラム街のど真ん中で、周りは麻薬中毒者とホームレスだらけ。
ちょっと目を離した隙に、部屋の鍵を盗まれてしまう。
ホームレスらは勝手にボーの部屋に侵入し、部屋でどんちゃん騒ぎを始める。
得体のしれない集団が自宅を占拠し、部屋をめちゃくちゃにされるなんて、考えただけでも恐ろしい事です。
日常に絶対起こってほしくない、皮膚感覚に訴えてくるような嫌悪感と恐怖が詰め込まれています。
ボーは母親がシャンデリアの下敷きになり死亡した事を知る。
部屋に侵入者が残って身を潜めていた事に驚いたボーは、全裸のまま慌てて道路に飛び出し、トラックに跳ねられたあげく、ならず者に腹部と手を刺されてしまう。
漫☆画太郎の世界観を彷彿とさせるブラックユーモア満載で、ボーのあまりの不運さに笑ってしまうほどです。
第二幕 グレースとロジャー夫婦の家。
グレースとロジャー夫婦の家のベッドで目を覚ますボー。
早く実家に戻り母親の葬儀をしたいと訴えるボーの申し出を、何故か夫婦は拒み続け家に留めようとする。
夫婦は息子を亡くしており、ボーを息子の代わりにしたいようだった。
元軍人で精神を病んだジーブスや、精神不安定な娘のトニなど、皆狂気を帯びており、ボーはひたすら理不尽な仕打ちに耐えるのです。
トニがペンキを飲んで自殺を図る場面から、現実と妄想の境が曖昧になり、ストーリーが進むにつれホラーコメディから本物のホラー映画の様相を呈するようになります。
第三幕 森で迷ったボーは旅回りの劇団に出会う。
彼らの芝居を鑑賞するボー。
ボーは洪水で離散した家族を探して旅する主人公に自分を重ねる。
このパートは、登場人物が絵画の世界に溶け込んだかのごとく、紙芝居のように物語が進行します。
本筋とはまったく関連のないストーリーで、見る方は混乱しますが、これもボーの脳内思考を投影しているようです。
グレースとロジャー夫婦の家からGPSを使ってボーを追跡してきたジーブスが、機関銃で劇団員もろともボーを殺そうとするも、ボーは命からがら逃れる。
第四幕 母の家。エレインとの再会。
ボーの父親は、母親との性行為の最中に突然死しており、ボー自身も自分がその体質を受け継いでいると信じている。
10代の頃に出会ったエレインと再会し、ボーは死を覚悟して彼女と性行為を行うも、腹上死したのはエレインだった。
「私を気にせず、続けていいのよ」
母親は死んでいなかった。
母親はボーがすぐに実家に帰らなかった事を「愛情が希薄だ」と責め続ける。
屋根裏部屋に死んだはずの父親や、不気味なクリーチャーが現れたりと、もはや観客を完全に振り落とし、物語はさらなるカオスへと突き進みます。
第五幕 裁判
モーターボートに乗り、実家を後にしたボーは、暗い洞窟の中に迷い込んでしまう。
そこはボーの今までの行いを裁く審判の場だった。
母親は過去のボーの不義理を問いただし、罪を裁こうとする。
ボーの乗ったボートは爆発し、ボーは転落し死亡する。
「私のベイビー!」と叫ぶ母親。
Amazonプライムで視聴しましたが、あまりに長尺で一気に見るにはかなりの集中力と許容力を必要とする作品のため、上記のように5つのパートに分けて見ることをお奨めします。
全編にわたって不条理な寓話を見せられているかのような、混沌とした世界観の作品ですが、中だるみすることなく、勢いを保ったまま一気にラストまで向かう力強さがあります。
狂気を帯びた人間からひたすら理不尽な仕打ちを受け続けるボーなのですが、ホアキン・フェニックスは鋭い眼光と「ジョーカー」のイメージがあるせいか弱者感は少なく、むしろ弓の弦が少しずつ張り詰めていくようにいつキレるかわからない緊張感があります。
同じくアリ・アスター監督の「ミッドサマー」はダラダラと長い割には匂わせのみで、オチは今一つだった印象がありますが、本作は従来の映画の手法を完全に無視し、新たな境地に踏み込んだように見えます。
作家性の光る技ありの作品で、今後末永く映画好きの間で愛される作品なのではないでしょうか。
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