アノーラ

公開 2024年
監督 ショーン・ベイカー
公開当時 マイキー・マディソン(25歳)
予告編の情報から「プリティ・ウーマン」のような現代のシンデレラストーリーかと思いきや、シビアな現実に着地するほろ苦い余韻が残る作品です。
見る者の解釈に委ねるオープン・ストーリーと呼びたくなるような内容で、性別や年齢によって大きく感想が異なるのではないでしょうか。
若さと肉体を武器に人生をサバイブするアノーラの生き方は危うく刹那的ではあるものの、生命力に溢れ見る者を釘付けにする魅力があります。
ストーリーは3幕構成になっており、第一幕はストリッパーとして働くアノーラが職場のクラブでロシア人の富豪の息子イヴァンと出会い、ノリで結婚式を挙げるまでが描かれます。
イヴァンはロシアに帰るまでの7日間、1万5000ドルの報酬で「契約彼女」になることをアノーラに提案する。
自家用ジェットでラスベガスに行き、スイートルームを借り切っての享楽の日々…
アノーラは報酬分の「プロの仕事」を淡々とこなしているように見えます。
イヴァンはふいにアノーラに求婚する。
「結婚しよう。二度言った」
「本気なの?」
二人はすぐにラスベガスの教会で式を挙げる。
このシーンは高揚感のある音楽も相まって、この世のどんよりした邪気を払うかのようなキラキラした多幸感に満ちています。
傍目から見れば普通の幸せの絶頂にいる若いカップルに見えますが、二人の間には社会的な格差という深い溝が横たわっているのです。
第二幕はロシアからイヴァンを訪ねてきた世話役らとアノーラが、その場から逃げだしたイヴァンをひたすら探すパートとなります。
享楽に満ちスピーディな第一幕から一変、第二幕では時間の流れすら変り、色を無くしたかのような現実的で地味な展開です。
イヴァンの邸宅での世話役らとの攻防と、イヴァンの潜伏先を皆で探すパートがリアルタイムのようなじっくりとした時間軸で描かれます。
第二幕で突然現れる用心棒のイゴール。
主要キャラが中盤で登場するのも面白い手法で、寡黙で脳筋な良くいるタイプの脇役かと思いきや、アノーラに寄り添い、徐々に存在感を増していきます。
第三幕は、結婚を無効にしようとロシアから自家用ジェットで急遽駆けつけたイヴァンの母親とアノーラとの攻防。
イヴァンは強権な母親の前であっさりとアノーラとの結婚を破棄する。
ショックを受けるアノーラ。
「イヴァンが私と結婚したのは、母親を憎んでいるからよ!」
「そう言うあんたは、ただの娼婦でしょ」
婚姻破棄の書類にサインし、イゴールと共にニューヨークへ帰る。
一連の騒動を傍で見守っていたイゴールは、傷心のアノーラに優しく寄り添う。
「君の力になりたい」
アノーラを家まで送り届けるイゴール。
ラストの車内での出来事は、まさにオープン・エンディングと言え、見る者によって様々な解釈があるかと思います。
ネットでのレビューを見るとまさに十二十色で、人によってこんなにも意見が異なるのかと驚かされました。
私の解釈は、「あんたなんかに借りを作りたくない」と意地を張ってイゴールにプロ根性を見せようとしたアノーラが、途中で心が折れ女性らしい弱さを露にしてしまった、というものです。
イゴールがなぜアノーラをあそこまで気遣ったのか、「アノーラが可愛いから」などという理由では身も蓋もありませんが、彼はアノーラと同じ階層に生きる人間としてシンパシーを感じたのかもしれません。
「尻軽ゲイ」などのアノーラの数々の暴言を軽く受け流し、言葉は少なくともすべての状況を察しそっと後ろから支えるイゴールには強面の内面に隠された深い知性を感じます。
アノーラが結婚に執着したのはイヴァンを愛していたというより、同じロシア人のルーツを持つ彼に安心感と安らぎを感じたのかもしれません。
イヴァンほどの大金持ちの息子が打算も無く本気で結婚するなどとは考えるのは浅はかだったと言えますが、若い女性らしい結婚に対する夢と、界隈の女性たちの行く末を知っている彼女は、人生を変えられるチャンスを掴んだと思ったのかもしれません。
輪郭のはっきりしないストーリーながら139分の長尺でも飽きることなく見る事ができました。
主演のマイキー・マディソンはアカデミー主演女優賞を受賞しています。
映画を見る前は「サブスタンス」のデミ・ムーアに受賞して欲しいと思っていましたが、彼女は儚くも力強いアノーラを全身全霊で演じており納得の受賞ですね。
花火のように華やかに始まり、最後はシュンと終わる…
見終わった後、ラストのイゴールを見つめるアノーラの憂いのある表情と、エンドロールのバックに流れるワイパーの音が心に残る作品です。
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