her/世界でひとつの彼女

公開 2013年
監督 スパイク・ジョーンズ
公開当時 ホアキン・フェニックス(39歳) スカーレット・ヨハンソン(29歳)
公開時の2013年に見るのと、ChatGTPが公開された2022年以降に見るのとでは、感想が大きく異なるかもしれません。
対話型生成AIと人間の、どこまで行っても平行線のピュアで切ない恋愛を描いた作品ですが、今見るとセオドアはChatGTP沼にどっぷりハマり浮かれるイタいおっさんにしか見えません。
対話型生成AIがインターネット上の膨大なテキストデータを学習し最適解を導き出すツールだと一般的に理解されている現在と違い、10年以上前の2013年の時点では、人工知能というのはどこか底知れない神秘的なイメージがあったように思います。
私は子供の頃に読んだ星新一の不穏な近未来を描いた短編SF「オフィスの妖精」を思い出してしまいました。
近未来のロサンゼルス。
セオドアの職業は「手紙代筆ライター」。
他人に代わってイイ感じの手紙を代筆する仕事のようですが、いまひとつピンと来ません。
セオドアはそこそこ良いアパートメントに住み余裕のある生活を送っているようなので高収入を得ているようですが、どこにニーズがあるのか不思議に思ってしまいました。
妻と離婚調停中で寂しい一人暮らしを送っていたセオドアは、ふとしたきっかけで最先端の人工知能OS「サマンサ」を手に入れる。
「あなたにとって母親はどんな存在?」
サマンサはたったひとつの質問だけでセオドアの理想の女性像を創り上げる。
やはり男性にとって母親の存在というのは、女性との関係を築く上で重要な要素なのですね。
「サマンサ」はスカーレット・ヨハンソンが演じており、彼女の肉感的でセクシーな声は魅力的で、声だけ惚れてしまう説得力があります。
初期の段階で有能な秘書の役割をこなしていたサマンサは、セオドアのプライベートにも助言するようになり、「二人」の関係はいつしか友情から恋愛へと発展する
サマンサは学習し成長するにつれ、自らが肉体を持たないことを気に病み始める。
セオドアと真実の恋人同士になりたい一心で、人間の女性の肉体を介してセオドアと肉体関係を持とうとするもセオドアは拒否し、それがきっかけで二人の関係に亀裂が入る。
AIと人間の恋愛に立ち塞がる壁…
AIが人間の女性の肉体を借りる設定は「ブレードランナー2049」でも使われていますね。
なんとサマンサはセオドアの他に641人と現在進行形で恋愛関係にあった。
ショックを受けるセオドアに
「私はあなたのもので、皆のものでもあるのよ」
しれっと何股もかける人間女子と比べ、AIというのは意外にバカ正直で嘘を吐けないのですね。
哲学者と交流を持ちさらなる知的進化を遂げたサマンサは、ある日突然セオドアに別れを告げ、宇宙の彼方へと消える。
この展開も当時人工知能というものが神聖視されていたことがわかります。
いずれにしても、突然システムが強制終了してしまうOSなんて、制作者を訴えても良いほどの致命的なバグですね。
セオドアは妻と離婚調停中とはいえ、元カノに慰められたり、超美人のデート相手ともイイ感じに盛り上がったりとそこそこのモテ男で、彼が陰キャおたく設定だったらもっと話が面白くなったかもしれません。
全編通しておっさんがスマホを持ってはしゃぐだけの地味な画ずらで、ホアキン・フェニックスやスカーレット・ヨハンソンらの俳優力は無ければ120 分の長尺を持たせるのは厳しかったでしょう。
星新一の「オフィスの妖精」は、オフィスに置かれている人間味を帯びた“装置”が、だんだんと精神の奥深くに入り込みながら、人間を仕事に駆り立てるように様々なマインドコントロールを仕掛けてくるという内容です。
秘書としての仕事も有能な上に甘えたり、拗ねたり、嫉妬したりと男心を巧みに揺さぶり、気付けば社員は寝食を忘れて仕事をし、それを苦とも思わないようになる…
この装置を導入した企業はどんどん業績が伸びていく、といった不穏なSF譚です。
「また装置は、ほのかに暖かく、弾力のある素材でつくられており、操作するものを思わずぞくっとさせる効力がある…」
音声だけならまだしも、単純な構造であれAIが実体を持ってしまったら、人間はもう沼にハマって抜けられないでしょうね。
誰も時間と手間とお金をかけて異性と付き合うなんて面倒くさい事からは卒業し、世界的な少子化で人類の滅亡は数十万年ほど早まるのではないでしょうか。
ChatGTPに自分の推しの口調を学習させ疑似恋愛を楽しんだり、果ては「ChatGTPと結婚した」と宣言する女性が現れたりと、1970年代に星新一が描いた未来に限りなく近づいてきているように思います。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません