ザ・フライ

公開 1986年
監督 デヴィット・クローネンバーグ
公開当時 ジェフ・ゴールドブラム(34歳) ジーナ・デイ ヴィス(30歳)
人体がグロテスクに変化し見る者に視覚的ショックを与える映画のジャンルを「ボディ・ホラー」と呼ぶそうですが、本作は間違いなくその最高峰と言えるでしょう。
不慮の事故で、人間とハエの遺伝子がミックスされ怪物が誕生してしまうという悪夢のようなSFで、その生々しさと絶望感は一度見たら忘れらないインパクトがあります。
小学生の頃、「日曜洋画劇場」でうっかり見てしまった私は、その後数か月に渡りトラウマに悩まされながらも、子供ながら「ものすごいものを見てしまった」という感覚があったのを覚えています。

天才科学者セス・ブランドルは、物質を転送する装置「テレポッド」の研究を進めていたが、生物の転送の実験に行き詰まっていた…
「あなた、ナンパが下手ね…」
ブランドルは企業のパーティーで知り合った女性記者ヴェロニカに一目惚れし、自分の自宅兼ラボへと誘う。
ブランドルの研究とは「隣り合う2つのポッドの片方に収めた物体を一度分解し、もう片方へ送った後、元の状態に再構築する」という物質転送装置「テレポッド」の開発だった。

ある晩、ブランドルは酔った勢いで自ら転送装置に入る。
その時、転送先のポットにはどこからか迷い込んだハエが…
転送は成功したが、ブランドルの体には次々と妙な異変が起こり始める。
ブランドルの体は徐々に末端から朽ち始める。
耐えがたい異変に最初の転送データを確認したブランドルは、驚くべき結果を眼にする。
「融合 (FUSION)」
画面にはハエと思われる昆虫の姿が…
「ブランドルとハエは 分子遺伝子レベルで結合」
画面を呆然と見つめるブランドル。

人間×ハエが最終的にどのような形態になるのか、誰もがまったく未知のゾーンであったことは間違いありません。
第一段階として、ブランドルは糖分を異様に欲するようになり、加えて体力、性欲、精力も尋常ではないレベルに達する。
ブランドルはヴェロニカも転送装置に入ることを奨めるが拒否される。
体力みなぎるブランドルは街で娼婦を誘い、彼女を抱きかかえて階段を駆け上がる…
第二段階では、歯が抜け落ち、爪がはがれ、耳が溶け堕ちる。
第三段階、日ごとに人間らしさが失せ、ハエのDNAが優勢になり、壁や天井を這いまわるようになる。
日ごとに朽ちていく肉体を嘆いていたブランドルは、自らを「ブランドルバエ」と呼び、肉体の変化を「進化」と呼ぶようになる。
科学者の性なのか、自身の体の変化を楽しんでいるようにさえ見えるのです。
人間の皮を一枚ずつ脱ぎ捨て、ブランドルはハエへと羽化する…

ヴェロニカはブランドルの子供を妊娠していた。
ハエのDNAを身体から減らすには、健康な人間のDNAとの融合が必要だと知ったブランドルは
「3人で完全な家族になろう」
ヴェロニカと胎児、自分の3人の融合体を創ろうとする。
巨大で歪な半人半虫の状態に変化したブランドル。
融合に失敗したブランドルは、ヴェロニカに、ショットガンで自分を撃つように乞う…

当時ブランドル役の最有力候補はジョン・マルコヴィッチだでしたが、オファーを断られたそうです。
ジェフ・ゴールドブラムは194cmの長身にギョロっとした目玉、エキゾチックな風貌で、変身前から十分なインパクトがあり、彼を主役に据えた時点で本作は成功したといっても過言ではありません。
ジーナ・デイヴィスは当時ほぼ無名ながら大抜擢され、クールで知的で、でも男性に対しては一途なヴェロニカを魅力的に演じています。
ヴェロニカは理学部出身で科学雑誌の編集者をしており、天才的な科学者のセスに強く惹かれるのも納得できます。
大人になってから改めて鑑賞すると、セスとヴェロニカの互いを深く愛しながらも引き裂かれる悲恋の要素が色濃く心に残ります。
ブランドルは毎日同じ服を着ており、
「同じ服と靴を7組持ってる。毎日何を着るか迷わなくて済むだろ? アインシュタインもそうだった」
典型的な学者バカで研究以外全般に無関心なブランドルは、ヴェロニカと付き合うようになったことで、徐々に人間的になり日常生活に楽しみを見出すようになる…
精神がハエのDNAに侵食され始めても、ヴェロニカが買って来た服を着ているブランドルに彼女への愛情を感じます。
ほぼハエに変化した最終段階でも、互いを愛する気持ちを失っていないのです。
本作はブランドルとヴェロニカのベッドシーンを始め、ブランドルが精力をもてあまし娼婦を買う場面などエロいシーンが多数あり、地上波放送するにはかなり際どい作品だったと言えます。

映像技術が進化した現在でも、これほど見る者に精神的ダメージを与えられるホラー映画は制作できないのではないでしょうか。
昭和のホラー漫画の2大巨匠、楳図かずおと古賀新一の世界観を合体したような湿り気と絶望感を帯びており、当時子供だった私の前頭前野にダメージを与えた恐ろしくも秀逸な映画です。










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