鑑定士と顔の無い依頼人

公開 2013年
監督 ジュゼッペ・トルナトーレ
公開当時 ジェフリー・ラッシュ(62歳) シルヴィア・フークス(30歳)
原題は「The Best Offer (オークションにおける最高の出物)」とシンプルですが、見る者の興味を誘う技ありの邦題ですね。
残酷な大人のファンタジーのような作風で、舞台がヨーロッパであることや、機械人形や洋館の舞台装置が効果的に働いているせいか不思議な世界観があり、上質なミステリー小説を読んだ後のような余韻が残ります。

ヴァージルは美術鑑定士としてオークションを仕切り成功を収めていた。
友人と結託しオークションを巧みに誘導して著名作家の美人画を収集し、自宅の隠し部屋に保管している。
ある日ヴァージルのもとに、女性から両親の残した美術品を競売にかけて欲しいと依頼が来る。
依頼人のクレアは対人恐怖症で、隠し部屋に引きこもり顔を見せようとしない。
ヴァージルは扉越しにクレアと会話するうちに、彼女に興味を抱くようになる。
ヴァージルは部屋の隅に飾られた美しい女性の肖像画に気付く。
「私の母の絵よ。今の私と同じくらいの時だわ。」
美しい肖像画は、姿を見せないクレアへの想像を掻き立てた。

クレアはついにヴァージルの前に姿を現す。
クレアに心底惹かれていたヴァージルは、彼女に愛を捧げ、結婚を申し込む。
快諾するクレア。
彼女を心から信頼していたヴァージルは、隠し部屋の施錠を解き、クレアに収集した絵画のコレクションを見せる。
ある日ヴァージルが帰宅すると、クレアの姿は無く、隠し部屋の絵がすべて消えていた。

ヴァージルの友人らとクレアは共謀し、ヴァージルの絵画を盗むためペテンを仕掛けた。
館の主クレアは偽物で、最初からすべて仕組まれたものだった。
初めて愛した女性に裏切られ、ヴァージルは憔悴し精神を病む。
彼は初老を迎える現在まで、一度の恋愛経験も無かった。
ヴァージルはクレアを忘れることが出来ず、クレアが「大好きな場所」と語った、プラハのカフェ「ナイト&デイ」を訪れる。その手にはもう手袋はしていない。
ウェイターに「人を待っている」と告げ、来るはずもないクレアを待ちながら一人で食事をする…

公開当時の話題作で映画館に見に行きました。
絵画がすべて無くなりクレアの裏切りが発覚するシーンでは、劇場全体の空気がズッシリと絶望感に満ちたのを覚えています。
それだけ皆がヴァージルという男に共感したからでしょうね。
客観的に見ればクレアにはいくつも不自然な点があり、まさに恋は盲目といったところでしょうか。
クレアは突然キレたり泣いて謝って見せたりと、男心を巧みに揺さぶっており、彼女からすれば恋愛経験の無いヴァージルなど赤子の手を捻るようなものだったでしょうね。

映画のポスターは手袋をし椅子に座ったヴァージルが静かに正面を見て微笑んでいるだけの情報量の少ないものですが、一枚の絵画のようでもあり、名優ジェフリー・ラッシュの存在感で充分に作品に対する想像力を掻き立てられます。
人と会うときには必ず手袋をするほどの潔癖症で孤独な男が、愛を知った事で変化し、満たされ、そしてすべてを失うまでの繊細な心の動きを見事に演じています。
機械人形や「ナイト&デイ」の歯車の内装といい、本作は歯車のモチーフが多用されています。
わずかな誤作動で思いもかけない方向に進んで行く人間の運命を示唆しているのでしょうか。
監督、脚本のジュゼッペ・トルナトーレは、「ニュー・シネマ・パラダイス」などの心温まる作品のイメージがあり、本作のような皮肉な大人のサスペンスを手掛けるとは少し意外な気持ちがしました。
エンリオ・モリコーネが作曲を担当しただけあって劇中の音楽も素晴らしく、ヴァージルがカフェでクレアを待つラストシーンの優しく包み込むような旋律は、本作が単なるバットエンドでは無いことを裏付けているように思います。
誰かを愛する事によって例え全てを失っても、何も起こらない平坦な人生よりはずっと素晴らしい…
作品に秘められた内なるメッセージを信じ、ヴァージルの今後の人生に幸あれと願いたくなります。
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