パラドクス

公開 2014年
監督 イサーク・エスバン
出演 ウンベルト・ブスト エルナン・メンドーサ ラウル・メンデス


気鋭のスペイン人監督アイザック・エスバンの作品で、空間の無限ループに囚われてしまった複数の人間の悲劇的な運命を描いています。
不条理SFホラーとも言うべきジャンルで、舞台は非常階段、郊外の一本道、エスカレーター、長い廊下など、連続性を感じさせる場所でループ現象が起こり、その理由については最後まで語られません。

それぞれのループが最終的に一つの輪に繋がる不思議な構造で、随所にちらばった伏線を元にストーリーを考察しようとすると、脳内で無限ループが始まり止まらなくなってしまう中毒性があります。

とあるマンション。
刑事のマルコに追い詰められたカルロスとオリバーの兄弟は非常階段から逃亡を図るものの、階段は1階から9階までの無限ループになり、3人は不思議な空間に囚われてしまう。

旅支度をする家族。
反抗期の少年ダニエルとその妹カミーラ、母親のサンドラ、サンドラの恋人ロベルト。
一行は元夫の務めるホテルでバカンスを過ごすため、車で広大な原野の一本道を進むも、行けども行けども同じ道をループする現象が発生する。

何故か食料は無くなると勝手に補充され、餓死することは無い。
不思議な事に、登場人物の所持品である鞄、本、吸入器、ヘッドホンなどは毎日同じものが出現し、日々増殖していく。
人間も日々クローンが増殖していくのかと思いきや、何故か生物にはこの理論は適用されないようです。

それから35年の月日が経過する。

非常階段の3人。
兄カルロスは刑事マルコに撃たれた傷が原因で死亡。
刑事マルコは老いさらばえ、食事と排泄のため起き上がるのがやっとの状態。
弟オリバーは、限られた空間の中で体を清潔に保ち筋トレを欠かさず現状を維持し、兄の遺体を神のごとく祀り崇める事で、精神崩壊を免れている。
壁にびっしりと書かれた文字や謎の記号、排泄物や食料の残骸がうず高く積み上がった背景が35年の歳月を生々しく物語ります。

一本道の家族。
妹のカミーラは喘息の発作で死亡。サンドラは娘の死と異常現象に耐えきれず発狂。ロベルトは酒におぼれ、夫婦は見る影も無く荒み老いている。
中年になったダニエルはそんな二人と離れ自活している。

空間では食料以外の社会生活インフラは崩壊しており、生きるためのサバイバルを強いられる。

現実を受け入れられず発狂する者、自堕落になる者、現実を受け入れ生き延びようとする者、様々な人間の姿が描かれます。
登場人物を生々しくサバイバルさせることで、ありがちなSFループ作品で終わらせない、骨太で人生における哲学を感じさせる展開です。

ループにはある法則があり、ループ体験者が老衰して死亡すると、ループの出口が現れ、同じ空間にいたもう一人が脱出する事が出来る。 
脱出した者は新たな人格を与えられ、ループ継承者として他者と接触しループに巻きこむ…
リレーのようにループがランダムに他者へと継承される仕組みのようです。

ループが始まる際に爆発音が鳴りますが、これは通常の時空が破壊されたことを意味しているのでしょうか。

空間に閉じ込められた人間が無間地獄を体験し、それが別次元のパラレルワールド生きる登場人物に影響を与えるようです。

最終版の花嫁は映画の冒頭に登場した老婆であり、老婆から赤いノートを受け取ったのは少年ダニエルのようです。
少年ダニエル → 刑事マルコ → 弟オリバー → 花嫁 → 少年ダニエル。
複数のループが最後に大きな一つの輪になり、ループが閉じられる…

イサーク・エスバンは本作が初の長編作品で、当時まだ28歳の若さで監督と脚本を務めているのですね。
この若さで、これだけの悪夢を作り出すとは、まさに末恐ろしい奇才といえます。

好みが分かれる作品と言えますが、現在のネタ切れのハリウッド映画比較してもはるかに尖った作家性の溢れる作品であることは間違いなく、SF作品が大好きな私としては、彼の他の作品もすべて見て見たくなってしまいます。