僕の美しい人だから

公開 1990年
監督 ルイス・マンドーキ
公開当時 ジェームズ・スペイダー(30歳) スーザン・サランドン(44歳)

 

映画の原作であるグレン作の原題は「White Palace」という実に素っ気ないもので、邦題の「僕の美しい人だから」とは実に技ありの素晴らしい邦題ですね。
原作小説の登場人物が劇中で「僕の美しい人」という表現を使うことは無く、翻訳の雨沢泰が小説のエッセンスを凝縮し邦題を付けたのだと推測されます。

小説を読んでから映画を見ましたが、万人受けするような陳腐な脚色がなされており、原作のテーマである「恋愛の本質」とは程遠いものでしたが、本を数えきれないほど繰り返し読んだ私の印象ではキャスティングは素晴らしく、主役二人の役はジェームズ・スペイダーとスーザン・サランドン以外には考えられません。

27歳の広告代理店勤務のエリートと、42歳のファーストフード店のウエイトレスとの格差恋愛を描いた作品で、二人がぶつかり合いながら本能的な性愛を社会的に成就させるための落としどころを必死で模索する過程を描いているように思えます。
ぼくの美しい人だから - シネマ一刀両断27歳のマックス・バロンは広告代理店で働くエリートビジネスマン。最愛の妻を亡くし、その喪失感から立ち直れずにいた。

友人宅でのパーティーで、購入したハンバーガーの箱が空な事に憤慨したマックスは、バーガー店にクレームを付けに行く。
レジの女性従業員に文句を言うと、
「あんたがこれを食べていないって、誰が証明できるわけ?」
押し問答の末、バーガー代を返金させる。

パーティの後、家に帰る気になれず立ち寄ったバーでノーラという女性から声をかけられる。
それは先刻ハンバーガー屋で文句を言ったレジ係の43歳の女性だった。

バーでしたたかに寄ったノーラは
「私を一人で帰して、事故を起こさせたくないでしょ? どう?」
マックスは半ば強制的にノーラを家まで送る羽目になる。

その夜、二人は関係を持つ。一夜限りの行きずりのはずだったが、翌日マックスは再びノーラを訪ねる。二人は貪るように互いの肉体に溺れていく。

マックスは潔癖症で普段は匂いに敏感な性質にも関わらず、ノーラから漂うファーストフード店独特の油臭い匂いには「嗅ぐというよりは、もはや味わっている」と感じるほど微塵の嫌悪感も湧かない所から見ると、匂いというのは人間に退化せずに残った動物的本能であることを思い起こさせます。

翻訳者の雨沢泰が解説で「匂いの小説」と語っているように、原作では随所で「匂い」につての描写が織り込まれます。
ぼくの美しい人だから||洋画専門チャンネル ザ・シネママックスはノーラの家に入り浸り、二人で酒に溺れる享楽的な日々を過ごすことになる。

潔癖症で理屈っぽいマックスと、ガサツで下品なノーラ。
互いに住む世界が全く違う二人は、強く惹かれあいながらも衝突を繰り返す。

マックスはノーラとの関係を深めるも、友人や家族には彼女の存在を隠し続けようとする。
意を決して友人のパーティーにノーラを連れて行くが、教養やマナーの差からノーラは周囲から浮いてしまい、居心地の悪い思いをする。

「これからはどうするの? 私を小さな箱にしまっておいて、好きな時だけ出して遊ぶの?」

二人の関係に未来が無いことを悟ったノーラは、突然マックスの前から姿を消す…
僕の美しい人だから」|ひのしずくマックスはノーラを追ってニューヨークへと向かう。

マックスがノーラの勤め先のレストランでプロポーズし周囲に祝福されるラストシーンはいかにもハリウッド的で、最大公約数的な演出がなされています。
これはいかにも陳腐で、原作の尖った部分がへし折られ、雑多なB級恋愛映画に埋もれてしまう残念な仕上がりです。

原作ではマックスがニューヨークにノーラを訪ねて行った時、ノーラにはすでに新たな恋人がおり
「…ノーラに男がいる可能性を考慮しなかったのは迂闊だった。マックスは自分が出会ってからすぐノーラの家に入り浸ったのを思い出した…」
と激しく落胆し、それでもすべてを捧げてノーラを取り戻そうする。

映画ではニューヨークでの場面が大幅に端折られている印象でしたが、むしろマックスがノーラを追って行くニューヨークでの最終版のくだりが作品の要とも言える重要な段階であるため残念でなりません。

マックスはセントルイスでの高収入の広告代理店の仕事を辞め、ニューヨークで一から職を探し、小さなアパートを借り、彼女と共に歩むためこれまでの人生のすべてをリセットする。
「なぜそんなことまでするの?」
「綺麗事を、言い飽きたから。」
小説は二人の新たな関係を匂わせる部分で終わっています。

セントルイスの片田舎を飛び出し、人種のるつぼであり多様性を重んじるニューヨークで、二人の関係性がどのように変わっていくのか期待したくなってしまいます。
ぼくの美しい人だから』|感想・レビュー - 読書メーター20代の頃、題名と、マックスがしゃがんでノーラの靴紐を結んであげている場面の表紙に惹かれ本を購入し、何故か作品の世界観にどっぷりとハマりどこへ行くにも小説を持ち歩き、暇さえあれば読んでいた記憶があります。
読み始めた時の20代前半はマックスに共感し、年齢を重ねるうちにノーラの視点になり、いまでは二人の年齢をとうに追い越してしまいました。

小説のあとがき片岡義男の「ロミオはジュリエットに誠実に」も、本編同様心に残るものがありました。

片岡が語るに、「自分はそのままで、相手だけ欲しい」という恋愛は間違いであり、「恋愛とは二人の異なった考えの男女が、一緒に居たい、共に生きたいと願ってそのことを実現させようと試み、両者がそれぞれの全人格をかけて、体当たりのように誠実に、徹底的に、二人が長い間一緒にいる事の出来る場所を、二人で模索して見つけ出す事」と綴っています。

小説を読み終わった後、まるで一つの恋愛を経験したかのような、自分が成長したかのような気持ちになったものです。

何百回と繰り返し小説を読んだ後でも、ジェームズ・スペイダーとスーザン・サランドンのキャスティングが主役二人にぴったりと重なります。
小説のエッセンスを壊すことなく映画化できていたら現在でも色褪せる事無い名作になっていたかもしれませんが、主演二人の素晴らしい演技で、私にとってはいつまでも記憶に残る思い出の映画です。

洋画 ホ

Posted by eijun