疑惑
公開 1982年
監督 野村芳太郎
公開当時 桃井かおり(31歳) 岩下志麻(42歳)
松本清張原作のサスペンスで、私が10代の頃、地上波で何度も放送されましたが、ストーリーそのものよりも、主演の桃井かおりと岩下志麻の醸し出すピリピリした不穏な空気と息詰まる会話の応酬が印象に残っています。
当時、桃井かおりは不倫騒動や尖った言動などで事あるごとに週刊誌に取り上げられており、対する岩下志麻も「鬼畜」「鬼龍院華子の生涯」などでクールなイメージが定着していたせいか、この二人の共演はまさに一触即発の危険な空気が漂っており、弥が上にも見る者の期待を煽るものでした。
彼女たちには演技云々より、生き様で魅せる昭和の女優の気迫を感じたものです。
夫に多額の保険金を掛け殺害したという疑惑をかけられた女、球磨子と、彼女の弁護を担当することになった佐原律子。世間は球磨子の有罪を疑わなかったが、意外な真実により裁判は思いも寄らない展開を迎える。
マスコミは球磨子に「鬼クマ」の異名を付け、計画的な殺害だったとスキャンダラスに報道した。
「男の一人や二人死んだって、大したこと無いじゃない」
記者会見の席で報道陣を前に、
「失礼な人たちね。あんたらみたいなのをペン乞食っていうのよ」
球磨子は夫殺しの疑いで逮捕され拘置所に留置される。
国選弁護人としして球磨子の弁護を担当することになった佐原律子。
「鬼塚球磨子って名前も良くないよね。これがさ、“早乙女静子”とかだったら大分違うんじゃない?」
弁護士は必要無いという球磨子に佐原は
「死刑になりたいなら、どうぞ断ってちょうだい」
球磨子が殺害の目的で白河福太郎と結婚し、自らの運転で溺死させたと訴える検察に対し、球磨子は車を運転していたのは夫であり、夫の運転ミスによる事故死であると訴える。
「あんたあたしの事、有罪にしたいわけ?」
「私は別に、あんたに同情して弁護しているわけじゃないんだからね」
徐々に熾烈になる検察との攻防に追い詰められ、球磨子と佐原は絶えずぶつかるようになる。
佐原は事件について重大な証拠を握っていると思われる福太郎の長男、宗治を証人に立たせる。
宗治は事件前、球磨子と心中する決意が綴られた遺書を福太郎から渡されていた。
福太郎の自殺が確定する。
「だから言ったじゃない。あたし殺ってないって」
宗治の証言が決定的な証拠となり、球磨子の無罪が確定する。
球磨子は白河家から保険金以外に慰謝料を取れないか佐原に相談するも、無理だと一蹴される。
「あんたって本当に嫌な女ね。自分の事好きって言える? 私は好きよ自分の事。可哀そうな女ね」
「またしくじったら、いつでも弁護してあげるわよ」
球磨子は去っていく佐原の背中に
「また、頼むわ」
桃井かおりは、挑戦的な言動や、私生活でもヘビースモーカーであることを隠さない点などから「悪女」のイメージが定着していたように思います。
現在よりも喫煙者に寛容な時代だったとはいえ、若い女性が公然と喫煙するのはさすがに良しとされていなかったにも関わらず、インタビュー中でもお構いなく「文句ある?」とばかりに引っ切り無しにタバコを吸っていた印象があります。
「悪女役って大変なのよ」
私が覚えている限り、彼女がインタビュー等で敬語を使っていた印象は無く、現在であれば「タメ口」論争が起きそうなものですが、女優としての実力や存在感からメディアは「別格」扱いをしてたのではないでしょうか。
球磨子役はテレビドラマ版で、余貴美子、黒木華、沢口靖子などが演じていますが、桃井かおりの素のイメージをそのままなぞったかのような球磨子の役は、彼女を超えるキャストは考えられません。
原作では事件を追う記者が主人公になっていますが、映画化するにあたり「松本清張のミステリーに女同士の闘いの要素を取り入れたかった」という監督の思惑から、かなりの部分書き変えられたそうです。
ラストの球磨子が佐原に赤ワインをドボドボと浴びせかけるシーンは、日本映画史上最も周囲を氷のように固まらせたシーンではないでしょうか。
二人の大物女優の場外乱闘を心配してしまいましたが、意外にも二人は撮影現場でも和気あいあい、プライベートでも連絡を取り合う中だったそうです。
赤ワインを浴びせかけるシーンは桃井かおりのアイデアで、このアイデアを聞いた岩下志麻はワインの赤を引き立たせるため、純白の衣装に替えてもらったというエピソードがあり、アドリブの多い桃井に対し岩下は「刺激的だった」と語っています。
どのジャンルにおいても一流の仕事人というのは、互いをリスペクトし合い切磋琢磨するものなのでしょうね。
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