動物界

洋画SFサスペンス

公開  2024年
監督  トマ・カイエ
出演  ロマン・デュリス ポール・キルシェ
上映時間 128分

文化水準の高いフランス人の心には刺さる作品なのかもしれませんが、民度の低い私の眼には近年稀に見る「珍作」に映りました。

ポスターや予告編の印象から、人間が獣へと変貌を遂げるボディホラーを想像していましたが、拍子抜けするほどウエットな人間ドラマです。

「人間が動物化する」という設定はメタファーに過ぎず、差別、分断、多様性、さらには思春期の葛藤などありとあらゆる社会問題を盛り込んでいます。

奇病により獣の姿になってしまった人間らと、種の違いを乗り越えどう共生するかという高次元な内容で、ジェンダー先進国フランスの背中を完全に見失ってしまった感がありました。

人間の体が徐々に動物化していく原因不明の奇病が蔓延する近未来の世界。

家族思いの父親フランソワと、思春期真っ只中で反抗期のエミール。
エミールの母ラナも発病し、施設に隔離されていた。

「この種の突然変異はごく最近の事だし難しいけど、この2年で解明されてきているわ…」
施設の医師は南仏にできた新しい施設に、ラナを移動させることを勧める。

奇病の感染経路などは語られておらず、感染したあとどの種に変化するのか、毛獣になるのか鳥類になるのか爬虫類になるのかは人それぞれで、全く予測不可能のようです。

映画の冒頭、半人半鳥の青年が救急車から脱走するのを見ても、誰一人驚くでも無く「またか…」くらいのテンションで、恐れるでもなく「日常の中の非日常」という程度にしか捉えていないように見えるのです。

ほんの数年前、新型コロナの世界的流行の時でも人類はあれほど恐れピリピリしていたというのに、「動物に変化する」奇病に対し余裕の構えであることに違和感を感じます。

世界的流行から2年程度たっている設定とはいえ、慣れというのは恐ろしいものなのですね。

ラナを見守るべく、フランソワとエミールも南仏へと移住する。
が、施設のバスが突然事故に遭い、中に収容されていた「動物化した人間」がラナ共々森へ解き放たれてしまう。

フランソワとエミールは、行方不明になったラナを懸命に探すも見つからない。

そんなある日、エミールは自らの体の変化に気付く。
彼自身にも動物化の兆候が現れ始めていた。

世界的流行とはいえ「動物化」はまだ数万人に一人の奇病のようで、彼らのように一家族から二人も感染者が出るのは稀な事のようです。

動物化が始まったエミールは、同じく動物化した者たちにシンパシーを抱くようになる。
半人半鳥の青年フィクスと交流を持つようになり、互いに助け合うようになる。

半人半鳥の青年フィクスは、鳥として生きる覚悟を決め、空を飛ぶ練習に余念がないのです。
彼はもう「治療を受け人間の姿に戻る」という概念は捨て去っており、「鳥として生きる」事に完全シフトしているのです。
心は肉体に支配されるのでしょうか。

動物化した者は皆、動物化して自然と共生したいという思考に徐々に傾くらしく、誰一人家族の元に帰ろうとはしないのです。

鳥人間フィクスの形態は生々しく、特殊メイクとVFXは細部まで作りこまれていますが、フィクス以外のクリーチャーは皆遠目だったり、暗闇で全貌が見えなかったりと中途半端な印象です。

エミールは聴覚嗅覚が鋭敏になり、獣のような体毛が生え始めるが、同級生には動物化している事を隠していた。

脱毛クリームを体に塗りながら、同級生のニナと通話するエミール。
「今何してるの? 別に用事は無いんだけど…」
この上なく奇異な現象が自身を襲っているというのに、エミールはさほど深刻に捉える風も無く、女友達との何気ない会話を楽しんでおり、この場面だけ切り取れば、ありがちなフランスのおしゃれでアンニュイな青春映画のようです。

動物化した人間を恐れる地域住民は自警団を設立し、容赦なく彼らを捕獲、あるいは射殺するようになり、「動物化した人間」VS「人間」の対立はますます深まる。

フランソワはエミールの動物化を受け入れ、施設に収容されるより自由を与える道を選択する。
「走れ!エミール、走れ!」
エミールは母親の待つ森へと走り去る。
フランソワは巣立つ子供を見送るような眼差しでそれを見送る。

概ね無理筋な問題提起をしている本作の中で、際立っているのがフランソワの家族に対する愛です。

動物化した妻を見守るため移住し、慣れない土地で身を粉にして働きながら家族のために身も心も捧げ尽くす姿は美しくさえ見えます。

動物化したエミールに「どんな姿になっても、お前は私の息子だ」
最後は寂しさを振り切り、息子を旅立たせる。

親の愛とは本当に尊いものですね。

自らのこの世でなすべき役割を知り、迷うことなく突き進む姿には人間の本来あるべき姿を見たようで感動を覚えました。

エミールを演じたポール・キルシェは「ベニスに死す」のヴィヨルン・アンドレセンを彷彿とさせる美少年で、彼が劇中で惜しげも無く半裸をさらす様は眼福といえます。

「親の心子知らず」というべきか、フランソワの心配をよそに思春期の少年らしく本能のおもむくまま気ままにふるまう姿に歯がゆくなります。

随所にグロテスクな描写や痛覚描写が盛り込まれ、ボディホラーの要素もあるものの、全編囁くようなフランス語のため緊迫感と恐怖感に欠ける印象です。

「人間の動物化」を背景に、人種間の差別、分断、多様性、共生、さらには少年の自我の目覚めまでを織り込んでおり、あまりに複雑な多重構造になっています。

最終的に製作者が最も訴えたかったのは、「分断より共生を」という事でしょうか。

バイオハザードのようなパニックホラーを想像して視聴したら肩透かしを食らう事は間違いなく、期待値の点で賛否が大きく分かれる作風であることは間違いありません。

民度の低い私にとってはあまりに高次元な問題提起で、「一体何を見せられたのだろう」と考えてしまうと共に、制作者から「君には難しすぎたかもしれないね」と上から目線で囁かれたようで、複雑な気持ちになりました。




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