公開 2018年
監督 アントワーン・フークア
公開当時 デンゼル・ワシントン(64歳) ダコタ・ファニング(24歳)
上映時間 109分
無敵の「イコライザー」マッコールが、風光明媚なイタリアの小さな町で「グラッチェ」を連呼しながら慇懃無礼に人を殺しまくる映画です。
前作までの「19秒で終わらせる」から、本作では敵を処刑するスピードが「9秒」と大幅に向上しているそうで、デンゼル・ワシントン映画と相性の悪い私からすれば「お前が言ってるだけだろ」的などうでもいいアップグレードがなされています。

元特殊工作員ロバート・マッコールは、シチリア島にあるマフィアが経営するワイナリーを襲撃する。
「あんたは人の物を奪った。だから取り返しに来た。あんたの運命を決めるまでの時間は”9秒”だ…」
予告通り、わずか9秒で部下もろともマフィアのボスを殺害する。
が、撤収する際、ボスの幼い孫にライフルで背中を撃たれる。
冒頭で幼い子供だと思ってつい油断してしまう弱さを垣間見せた事で、無敵の殺人マシーン、マッコールの老いによる衰えと、人間味にクローズアップした作風になるかと思いきや、前作以上に予定調和な凡作です。
ボスの孫に撃たれるシーン以外はまったく予想の範疇を逸脱しない上に、 御年64歳のデンゼル・ワシントンに配慮したのか派手なアクションは無く、全体的に地味で過去作以上に退屈な印象です。

重傷を負ったマッコールは、イタリアのナポリ近郊の小さな町アルタモンテに辿り着く。
地元の町医者エンゾは、どう見ても訳ありなマッコールを無償で治療する。
「私は君の命を救った。だから教えてくれ。お前さんは善人か? それとも悪人か?」
エンゾの問いにマッコールは、
「わからない…」
アルタモンテで療養の日々を過ごすことになったマッコールは、徐々に町の人と打ち解け、彼自身もこの町に愛着を覚えるようになる。
エンゾの家に居候するマッコール。
「あなたは黙って私を受け入れた。何故なんだ?」
マッコールの問いにエンゾは
「君に質問したろ?君は善人かと。君はわからないと言った。そう答えるのは善人だけだ」
そうでしょうか?
まったく根拠のない推論ですね。
村の重鎮エンゾのお墨付きがあるとはいえ、得体の知れない男をよそ者を嫌う田舎町の住人が、あまりにも簡単に受け入れてしまうのは違和感があり、ご都合主義な展開と言えます。

アルモンテの人々は、ミラノに拠点を持つマフィア、クアランタ・ファミリーによる迫害を日常的に受けていた。
彼らの傍若無人な振る舞いに、田舎町で癒されまったり過ごしていたマッコールの「イコライザー」スイッチがONになる
「関係ない事に首を突っ込むな!」
町のレストランで凄むマフィアの下っ端に、
「私は”悪”にアレルギーがあってね…」
マッコールはチンピラの腕をねじ上げ、
「これは強さで言えば2だ。3はお勧めしない。4まで行くとクソをもらす…」
マフィアの下っ端は悲鳴を上げ店から逃げ出す。
マフィアのボス、ビンセントは弟をマッコールに殺され、復讐のためにアルタモンテに乗り込んで来る。
住人を守るため、ビンセントの前に姿を現したマッコールは、
「死や苦しみは充分見てきた! そんな私がこの町で平和を知った! だから神に懸けて誓う! この町の平和を守る!」
その後、単身でビンセントの邸宅に乗り込んだマッコールは、苦も無く部下を次々と血祭りにあげる。
ビンセントには苦痛が長時間継続する毒物を投与し、彼がもがき苦しんで死ぬ様をじっくりと観察する。
ラスボスの殺し方も「毒殺」と陰湿かつ地味なもので、悪を成敗した爽快感は微塵もありません。

本作はダコタ・ファニングとの2004年「マイ・ボディガード」以来の共演でも話題を呼びました。
ダコタ・ファニングは当時9歳の天才子役で、子供ながらその存在感は主演を凌ぐほどでしたが、十数年を経て公開当時24歳、残念ながらつまらない美人女優になったなという印象です。
2010年のガールズロックバンドの伝記映画「ランナウェイズ」までは子役の殻を脱ぎ捨て尖った個性派女優に成長したなと思いましたが、その後は彼女の個性を生かす作品に恵まれていない感があります。
彼女の妹は女優のエル・ファニングだと知って驚きました。

彼が「19秒」など、殺戮の時間を正確に測るのは、自分の動きに無駄が無かったかの確認と、彼が強迫神経症ですべての物事を予定通り遂行しないと我慢できない体質によるものだそうです。
第一作目から感じていたのは、無敵の殺人マシーンにも関わらず、緩んだボディランやどう見ても俊敏には見えないアクションなど、無敵の殺人マシーンの説得力に欠けるという点です。
彼にはスティーブン・セガールやジェット・リーが放つ格闘家のオーラが無いのです。
荒唐無稽な背景を持つジョン・ウィックのようなアクションと違い、現実世界で悪と対峙する元特殊部隊の経歴を持つキャラクターを背負うなら、大スターの肩書に頼らず、もっと肉体改造を始めとする役作りに力を入れて欲しかったものです。
「悪人を排除する事で社会に正義と秩序の均衡をもたらすイコライザー」の名の元、数えきれないほどの人間を殺戮してきたマッコールが、「やっと自分に相応しい場所に辿り着いた」とのたまいちゃっかり美しいイタリアの田舎町に溶け込み、さらには地元の美女とイイ感じで終わるのはあまりに虫が良いと感じます。
自らが殺した悪党どもの怨念を背負い、いったん手に入れた安らぎを捨て、再び修羅の道を進むべく旅立つ、といったエンディングの方がシリーズを締めくくるにはしっくりきたのではないでしょうか。
今日も無事に家に帰って午後ローを見れている事に感謝😌です。
総合評価☆☆☆☆☆
ストーリー★
流し見許容度★★★★
午後ロー親和性★★★★

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