公開 1979年
監督 長谷川和彦
公開当時 沢田研二(31歳) 菅原文太(45歳)
上映時間 147分
原爆を作ることに成功した中学の数学教師の大義無き暴走を描いた映画で、147分の長尺ながら最後まで緊張感が途切れず、沢田研二の名演も相まって日本映画史に残る名作と言っても過言ではありません。
劇中の1970年代カルチャーも懐かしく、「ビーバーエアコン」「マツダ サバンナRX−7」などの商品名に昭和を感じます。
3.11の原子力発電所事故を経験した現在視聴することにより、主人公 城戸の行為がいかに自滅的で愚かな行為か、1979年当時よりも深く体感する事ができるのではないでしょうか。

中学校の物理教師 城戸誠は、自らの職務にやりがいを見いだせず無気力な生活を送っていた。
そんなある日、生徒たちを引率して原子力発電所の社会科見学を終えた時、突如として軍服姿で大量の火器を持つ老人にバスジャックされる。
彼の要求は「ただちに皇居へ向かい、天皇陛下に会わせろ」。城戸と生徒らを乗せたバスは一路、皇居へと向かう。
捜査一課の山下警部は怪我を負いながらも、犯人を取り押さえる。
一連の出来事に城戸は感化され、自ら原爆を作り日本政府を脅迫する事を思いつく。

城戸は原子力発電所から液体プルトニウムを強奪し、狭いアパートの中で原爆の製作に取り掛かる。
原子力発電所での描写は、SF映画的なポップな色調で、城戸の脳内での出来事かのようにリアリティが無く、最小限の描写に留められており、城戸は職員らの制止を振り切り難なくプルトニウムを手に入れる。
プルトニウム強奪のシーンを最小限に抑えたのは、この後城戸の自宅アパートで行われるの原爆制作のシークエンスに時間を割くためと思われます。
城戸は自作の防護服を着用し、狭いアパートに作業エリアを作って、原爆制作に没頭する。
強奪したプルトニウム容器を缶詰をフタを開けるかのようにこじ開け、液体プルトニウムをフラスコに移しコンロで加熱、原爆の核となる固形プルトニウムを精製していく。
部屋に据え置かれたガイガーカウンターの針が大きく振れる。
城戸が使用しているのは、すべてホームセンターなどで購入できるキッチン用品や理科の実験器具なのです。
3.11以降、目に見えぬ放射能の恐ろしさを認識している私たちから見れば、城戸の行為はあまりに無謀であり、このシーンは手に汗握る緊張感があります。

完成した核物質が入った球体を恍惚とした表情で磨く誠。
城戸は当然被爆しており、彼の放射線物質に対するあまりに無防備な姿に狂気を感じます。
物理教師の城戸が科学的知見を駆使し、原爆を製作する過程をじっくりと見せるシークエンスは、映画の最大の見せ場であり、リアリティを追求するため、理論的には本当に原爆を作れてしまうプロセスを忠実に映像化した映画史に残る名場面なのではないでしょうか。

原爆を作ることに成功した城戸は、それを使って日本政府を脅迫する。
城戸の最初の要求は「プロ野球のナイターの試合を最後まで放送させろ」というもの。
原爆の存在に恐れをなした政府側は、要求通り最後まで試合を放送する。
自らの要求が通った事に、小躍りして喜ぶ城戸。
だが、城戸には他にこれといって要求したい事が思い浮かばない。
「俺原爆持ってるからさ、なんでもできるわけよ。でもバカみたいな話なんだけどさ、何したいかわかんないわけよ自分が。」
その後城戸は「ローリングストーンズ日本公演」を要求したり、5億円を用意させビルの屋上からばら撒かせたり、庶民の味方の義賊の真似事をしたいのか、単なる日頃の鬱憤の憂さ晴らしなのか、イデオロギー無き暴走を止めることが出来ない。
本作の注目すべき点はこの城戸の虚無感にこそあり、気分次第で原爆をどう扱うか予測できない緊張感があります。

個人的に、終盤の城戸と警察のカーチェイスのシーンは、映画としての満足度を上げるために無理に挿入した感があり、余計だった印象があります。
中盤までの城戸の原爆制作と暴走の展開だけで充分に見応えがあり、カーチェイスなどの派手なアクションシーンを盛り込んだことで映画のクオリティを下げる結果になってしまった印象です。
アクションシーンで山下刑事役の菅原文太は驚くべき身体能力を見せており、ヘリにぶら下がって拳銃を発射し、そのまま数十メートル下に落下した後もかすり傷程度しか負っておらず、まさにターミネーター並みの無双を見せています。
菅原文太の存在感は素晴らしいものの、彼は「仁義なき戦い」のイメージが強く、山下刑事の役はもっと繊細な演技のできる渡瀬恒彦あたりをキャスティングしたほうが良かったかもしれません。

「話し合いたい」という城戸の要求に山下は応え、二人は向かい合う。
「どうして俺を選んだ」と聞く山下に、
「あんたなら一緒に戦えると思った。でも、あんたもただの”犬”だった…」
「お前が一番殺したがっている人間は、お前自身だ!」
山下は城戸を抱きかかえ、共にビルの屋上から落下する。
山下は死亡。城戸は奇跡的に生き残る。
すでに城戸の体は放射能に侵されいた。
原爆を持ったまま東京の街をうろつく城戸。
時限爆弾の時を刻む音の後、爆音で映画は幕を閉じる。

改めて冷静に見ると、沢田研二は美形ながら等身も普通で、演技も特段上手くは無い印象です。
彼の魅力は何といっても「眼」と「声」にあると思うのです。
眼に何とも言えない哀愁と、心に直接響くような艶のある声はまさに唯一無二で、80年代のアイコンといっても過言では無いほどの熱狂を生んだスターであることは間違いありません。
演技に関してはキャラクターと自身を完全に一体化する「憑依型」で、歌唱の時と同様に独自のスタイルを持っているように見えます。
歌番組などで歌う直前に目を閉じて「ふっ」と曲の世界に入り込む姿を覚えています。
口先だけで歌うのではなく、数分の間で完全に曲の世界観を体現しており、その熱量に圧倒されたものです。
彼は精神を病んだ犯罪者の役が実に良く似合います。
当時はドリフと共演のコントでも全力で挑み、「気さくで気の良いお兄さん」の側面と「近寄りがたいカリスマ」の両面を合わせ持ち、そのギャップも彼の魅力だったと言えます。
城戸の役には萩原健一の名前も挙がっていたそうです。
萩原健一と菅原文太では体育会系のスポコンサスペンスに陥ってしまったかもしれません。
城戸の山下刑事に対する気持ちも、職務に実直な山下に対する憧れなのか、それとも恋なのか、中性的なイメージを持つ沢田だからこそ答えの出ない深読みができ、フランス映画的なアンニュイなテイストの作品に仕上がったと言えます。

本作にはチョイ役で、水谷豊、風間杜夫、西田敏行などが出演しており、細部まで見逃せない作品です。
映画のポスターは岡本太郎を彷彿とさせるサイケデリックな背景に、上半身裸の沢田が片手に原爆、片手に拳銃を持つ鮮烈な画で、見る者の印象に強く残ります。
「太陽を盗んだ男」のタイトルは胎内被爆者である監督の長谷川和彦自身が決めたそうで、原爆を手にした事で一時的な万能感を得た男の愚かさを見事に表現しているように思います。
本作はあまりに尖った内容ゆえか公開当時はカルト映画扱いで、興行的には全く振るわなかったものの、時代とともに再評価され、2026年に4Kデジタルリマスター版が全国各所でリバイバル上映されるそうです。
令和の現在改めて見ても、世界的な評価に値する名作であることは間違いないと感じました。


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