クロッシング・ガード

洋画サスペンス

公開 1995年
監督 ショーン・ペン
公開当時  ジャック・ニコルソン(58歳) アンジェリカ・ヒューストン(44歳)

幼い娘を交通事故で失った父親を、ジャック・ニコルソンが違和感満載で演じています。

ジャック・ニコルソンの悪魔的で狂気を帯びた顔面は「被害者感」に乏しく、逆に飲酒運転の末事故を起こしてしまった加害者に「逃げて~!」と叫びたくなってしまいます。

しかしながらジャック・ニコルソンの存在感がなければ、最後まで視聴する事も耐えがたいほどダラダラとた起伏の無い駄作であることは間違いありません。

愛する娘を交通事故で亡くしたフレディ。
加害者への復讐に憑りつかれた彼は、6年の刑を追えて出所したジョンを執拗に狙っていた…

フレディは宝石店の店長なのですが、あの顔面に極太の金ネックレス、薄茶のサングラスに黒のスーツで、どう見てもカタギの男には見えません。
宝石店の店長というのは表向きで、実は裏社会の人間という設定なのかと思ってしまいました。

ちなみに、ゲイの店員の役で日本の俳優、石橋凌が出演しています。

娘を失った悲しみを紛らわすため、自堕落な生活を送るフレディ。
交通事故の加害者、ジョンの出所を6年間、一日千秋のごとく待ちわび、復讐することだけを心の支えに生きていた。

フレディが復讐決行の前に向かったのは元妻の家。

「いい知らせを持ってきた。聞きたいか? 奴が出所したんだ。今から殺しに行く…」
わざわざ殺人を報告しに行くなど、元妻に未練タラタラ、現在の夫には嫌味タラタラ、クズっぷりが存分に発揮されます。

「出てって! あなたは父親の役目を放棄したのよ! エミリーが死んだ時に!」
ジャックには他に息子が2人おり、現在は元妻と新しい夫の元で暮らしているようです。

結論から言うと、フレディは元からイカれたダメ親父で、夜な夜な仲間とストリップバーに通い、娼婦を買うなどやりたい放題、娘の死は自堕落の言い訳に過ぎないのです。

グループセラピーに通うなど、娘の死を受け入れる努力をしている妻に、
「本心を言え! あいつを殺して欲しいんだろ!」
と捨て台詞を吐く。

銃を隠し持ち、ジョンの住むトレーラーハウスに侵入するフレディ。

ジョンを狙って引き金を引くも、不発に終わる。
「俺も死にたかったが、こうして生きている。あんたはあれからずっと、この日を待ってたんだろ?」
ジョンは怯えるでも逃げるでもなく、フレディに淡々と話しかける。
「俺を本当に殺したいのか、もう一度考えてくれ。俺はずっとここにいる…」

ジョンの意外な態度に拍子抜けしたフレディは、
「3日だけ待ってやる」
と言い残しその場を去る。

宝石商ゆえ小金はあるのか、いつものようにストリップバーに行った後、嬢をお持ち帰りするフレディ。

純真で作曲が趣味のミアは、事に及ぶ前に「その前に、私の曲を聴いて!」と即興で作った曲を披露する。
「フレディ、アンド、ミア~♪」
ミアの歌を、チベットスナギツネのような死んだ目で聴くフレディ。

本作にはこのシーンのような、意味の無い無駄に長尺なシーンが多数盛り込まれ、最後まで寝ないで見るのが困難なほどです。

「俺はもう、何が何だかわからない…」
元妻のメアリーは、自暴自棄になったフレディを慰める。
「あなたはエミリーを愛していた。私たちは幸せだった。あなたが必要だったのに、あなたは弱くなってしまった…」
「バカなことはしないで」と懇願するメアリーに、
形相を変え「お前はオレを憐れんでる… お前なんかさっさと死んじまえ!」

温かいムードから一変、鬼の形相でメアリーを睨むフレディは完全に「シャイニング」の最狂パパで、このセリフと演出の意味がまったく理解できません。

再びジョンの元へ向かうフレディ。
「俺は銃を持ってお前を狙っている。お前がオレを撃っても罪には問われない…」
が、ジョンは急に走り出す。

長尺の追いかけっこの末、ジョンが向かった先はエミリーの墓。
「パパが来たよ… パパを救ってやってくれ…」

フレディは現実を直視できず、エミリーの墓を訪れた事が無かった。

フレディとジョンは、手を握り合い泣き崩れる。

そのシーンで映画は終わり、
「亡き友、ヘンリー・ブコウスキに捧ぐ byショーン・ペン」のテロップ。
「何かこれ?」と目が点になってしまいました。

Screenshot

クロッシング・ガードとは、「交通指導員」という意味なのですね。

名優ショーン・ペンが脚本、監督を務めており、彼は脚本を書く段階から「この役はジャック・ニコルソンしか考えられない」と思ったそうですが、フレディの「娘を交通事故で失った父親」のキャラクターを考えると明らかなミス・キャストと言えます。

フレディが当時のジャック・ニコルソンの実年齢と同じ50代後半と言う設定なのだとしたら、未就学児ほどの幼い娘がいる事にも違和感を感じてしまいます。

被害者の家族と、意図せず加害者になってしまった者の、その後の人生との向き合い方を淡々と描いており、随所に心に残るセリフはあるものの、あまりに起伏の無いだダラダラとして展開のため、主題の焦点がぼやけ集中力を途切れさせる仕上がりになってしまっています。

これではジャック・ニコルソンやアンジェリカ・ヒューストンなどの名優の無駄遣いですね。

最後のテロップから察するに、亡き友の類似の体験からインスパイアされたものと思われますが、文脈がわからない観客にとってはまったく感情移入できません。
商業ベースに乗せる以上観客目線を意識しなくてはならず、「わかる人にはわかればいい」ではプロとして失格と言えます。

ショーン・ペンによるまったく独りよがりの自己満映画と言わざるを得ません。

本作を見て、スポーツなどでよく使われる「名選手は名監督にはなれない」という言葉を思い出してしまいました。

今日も無事に家に帰って午後ローを見れている事に感謝😌です。

総合評価☆☆☆☆☆
ストーリー  ★
流し見許容度 ★★★★
午後ロー親和性★★★★★










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