サイボーグ009 超銀河伝説

日本映画 アニメ

公開 1980年
監督 明比正行
声の出演 島村ジョー(井上和彦) フランソワーズ(杉山佳寿子)

1979年放送のテレビアニメ「サイボーグ009」全50話が放送終了後の翌年の公開で、当時小学生で作品の世界観と009こと「島村ジョー」沼にどっぷりハマっていた私にとっては、まさに期待値マックスでの劇場公開でした。

当時は「宇宙戦艦ヤマト」や「機動戦士ガンダム」などの宇宙を舞台にした劇場アニメが大ヒットを飛ばしていた影響もあり、「サイボーグ009」もその流れに乗って宇宙進出させた経緯があるようです。

大人になって改めて見返すと、宇宙船の造形や諸々の設定などは完全に「宇宙戦艦ヤマト」の二番煎じでオリジナリティが無く、広大な宇宙を舞台に設定したことで、サイボーグらの特殊能力が生かせていなかったように思います。

ダガス星の帝王ゾアは強大な超エネルギー「ボルテックス」を手に入れ全宇宙侵略を目論んでいた。
かつて世界を救った9人のサイボーグ戦士たちは、地球と宇宙の平和を守るためギルモア博士の元に再び集結した…

「宇宙… それは数百億年前、ある無限の出量を持つ物体の爆発によって生まれた…」
太陽、月、地球が一直線に並ぶ太陽系直列の映像をバックに
「サイボーグ009 超銀河伝説」
のタイトル。

当時小学生だった私は、このオープニングだけで感動と興奮のあまり失神しそうになったのを覚えています。

サイボーグらは人間らしく生きて欲しいと願うギルモア博士の計らいで、島村ジョーはレーサー、フランソワーズはバレエダンサー、その他俳優、料理人、考古学者など、地球が平和で任務が無い時は、普通の社会人として生活している。

地球に助けを求めてやってきた宇宙人サバと共に、「ボルテックス」をダガス帝国ゾアの脅威から守るため、サイボーグらは宇宙の彼方へと旅立つ。

サバが乗って来た宇宙船イシュメールを改造し宇宙へと向かう一行。

基本的に彼らの活躍は、宇宙船の操縦室で着席した状態で敵の艦隊へ向けてレーザーを照射して応戦する体で、本来の見せ場である特殊能力は見せ場が少なく封印された形になります。

ダガスに向かう途中、一行は宇宙船の修理のためファンタリオン星に立ち寄る。

ファンタリオン星もダガス帝国に侵略され、女王タマラは自由を奪われ囚われの身になっていた…

サイボーグらは見捨てておけないとばかりにダガス帝国の傀儡と戦い、タマラと民を救う。

女王タマラは島村ジョーに恋心を抱き、
「この星に留まってください。そして国王になって私と共に暮らしてください…」
タマラは他のメンバーには目もくれず、島村ジョーにロックオンし、あろうことか求婚までするのです。
「すまないタマラ… 僕にはやるべきことがあるんだ…」

テレビシリーズでもそうでしたが、島村ジョーはそのルックスゆえか女性にモテモテで、フランソワーズという本命が存在するにも関わらず、優しすぎる故女性の好意を無下にできずに誤解を与えるタイプなのです。

そう、彼は実に「罪深い男」であり、それがまた魅力でもあるのです。
こんなイイ男が彼氏なんて、フランソワーズは苦労が絶えませんね。

結局ファンタリオン星での攻防はストーリーに何ら関係なく、「ヤマト」のスターシャのような宇宙人美女を登場させたかっただけなのでしょうね。
ダガス星の帝王ゾアの造形もガミラス将軍と重なり、キャラクター造形も「ヤマト」を参考にしたものと思われます。

「俺はいつも、自分の死に場所を探していた…」
体内に小型の核爆弾を持つハインリヒの自爆により、ダガス星は壊滅。

004ことハインリヒは、ニヒルながら愛情深く自己犠牲の精神に溢れ、常に自分が盾となり仲間を守ろうとするのです。
映画館ではこのシーンで涙が溢れてしまいました。

帝王ゾラは死んでいなかった。
009は自ら超エネルギー「ボルテックス」に飛び込み、ゾラとの最後の戦いに挑む。

光の塊となって、仲間の前に現れた009。
「そこにはすべてがあった… 愛 憎しみ、悲しみ… 僕はボルテックスと一体になった…」

「2001年宇宙の旅」を思わせる神秘的なSF展開となり、なにやらボルテックスと一体化した009の強い想いが、ゾアを消滅させたようです。
小学生だった私は訳が分からなかったものの、「何だかスゴい!」と感銘を受けたものです。

無事地球に生還した009らサイボーグメンバー。

「ジョー、これからどうするの?」
「次のレースはパリなんだ。君と一緒にフランスに行くよ」

抱き合う二人をバックに流れる、エンディングテーマ「10億光年の愛」

“遥かなる宇宙の彼方 十億光年離れた星にも 僕らのような人間が住んでいたら
彼らも愛を持っているだろう 彼らも愛を知っているだろう
何故なら愛が無くては生き物は生きていけない”


感動のあまり映画が終わって館内が明るくなった後も、足が震えて立ち上がることができませんでした。
広大な宇宙を思わせる名曲でレコードが擦り切れるまで聴いたため、50代になった今でも一語一句間違えずに歌う事ができます。

エンディングテーマだけで無く、宇宙へ旅立つときの「さらばとは言わない」や、スターゲートでワープする時の音楽などどれも名曲で、ドラゴンクエストなどで有名なすぎやまこういちが楽曲を監修したそうです。

サイボーグ009は1968年に初めてテレビアニメで放送されましたが、私が見ていた1979年版は「神シリーズ」とも言われるほど、練りこまれた脚本と作画の美しさでアニメファンの間でも伝説となっているシリーズです。

オープニングテーマ「誰がために戦う」やエンディングの「いつの日か」も世界観をしっかりと反映した名曲で、繰り返し何度も聴いたのを覚えています。
1979年シリーズの人気を反映してか、全50話のエピソードを解説した「サイボーグ009大百科」なる書籍も発売され、ページが擦り切れるまで読み込んだものです。

009こと島村ジョーは、日本人の母と外国人とのハーフ、差別や偏見ゆえ非行に走り、少年鑑別所を脱走したところを悪の組織ブラックゴーストに拉致され、本人が意識を失っている間にサイボーグに改造されてしまったというなんとも暗い過去を持つ「陰のある王子様」なのです。

00ナンバーサイボーグはそれぞれ、透視、変身、飛行などの能力があり、特に009の「加速装置」はアニメとしての映えも抜群で、彼のこの能力こそが作品の魅力を増幅させています。

「加速装置」とは最大速度マッハ5のスピードで移動し、敵の行動を未然に防ぐ事ができる機能で「かそくそーち‼」と叫んで奥歯に仕込まれたスイッチを起動し敵の背後に回り込む挙動には毎回痺れたものです。

島村ジョーはメンバーの中で最も高い戦闘能力を持ち、正義感に溢れ、弱い者に優しく、さらに優柔不断でちょっと天然という、思春期女子の生き血を吸い尽くすような魅力に溢れており、私を含め多くの女子が沼にハマってしまったのです。

この劇場版では009が「加速装置」を使うシーンは1回のみで、実に惜しいと感じます。

映画の興行収入は全く振るわず、その原因としてやはり「ヤマト」や「銀河鉄道999」などの宇宙SFブームに乗って無理やり宇宙に進出させた結果、作品の持ち味であるメンバーの特殊能力が生かせなかったからでは無いかと思われます。

また1980年からテレビアニメ放送された「機動戦士ガンダム」のSFとリアルの融合、リアリティのあるメカニックと生々しい戦場の描写が人気を博したのに対し、「サイボーグ009」は昔の漫画らしくディテールの設定が雑で、「子供向けアニメ」のレッテルを貼られてしまい、時代の流れから逸れた時代遅れのアニメと切り捨てられた感があります。

リアル路線のガンダム系アニメに押され一時失速した感はありましたが、2000年代になって何度もリメイクされ、時代を超えて再評価されていますね。

数十年ぶりにU-NEXTで視聴しましたが、当時の熱狂の記憶が鮮明に蘇りました。
50代になった今でも、島村ジョーは私の「心の王子様」です。







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