クライ・マッチョ

公開 2021年
監督 クリント・イーストウッド
公開当時 クリント・イーストウッド(91歳)
この映画を見ていたら、不思議な既視感に襲われました。
それは子供頃、地上波で放送していたジャイアント馬場と外国人レスラーのプロレスです。
昭和の全日本プロレスを知らない人にはまったく理解できないかもしれませんが、私の記憶にあるジャイアント馬場は削げ落ちた筋肉にあばら骨が浮き出、細い手足は攻撃を受けたらすぐにポキリと折れそうなほど細く、プロレスラーとしてリングに立っているのが痛々しいほどでした。
彼の繰り出すプロレス技はハエが止まりそうなほどゆっくりなのにもかかわらず、屈強な外国人レスラーらは、彼の弱々しいエルボーになぎ倒され、大袈裟にぶっ倒れて苦しがってみせるのです。
馬場の攻撃を「待って」いるかのような独特の時間軸を持つ試合を、私は子供の頃不思議に思って見ていたものです。
なぜかこの頃のジャイアント馬場が、本作のクリント・イーストウッドと重なってしまうです。
彼は他の登場人物と時間軸がズレているように見え、映画の主演を務めるには年を取りすぎているのかもしれません。
ただ、ジャイアント馬場のプロレスがそうであったように、これが90歳を過ぎてからの彼の演技スタイルなのでしょうね。

ロデオ界の花形スターだったマイクは、落馬事故をきっかけに栄光から転落し孤独に暮らしていた。
ある日、元の雇い主ハワードが訪ねてくる。
なんとハワードは、メキシコにいる自分の孫をアメリカに連れ帰って欲しいとマイクに依頼してくる。
「お前のいう事なら聞く。誰が見ても一目で本物のカウボーイだとわかる。あいつは馬が好きだ」
マイロの役はせいぜい60代から70代前半くらいの設定なのでしょうが、劇中のイーストウッドは91歳の触れれば折れそうな老人で、彼にそんな大仕事を頼むこと自体無理筋に感じてしまいます。
マイクは依頼を受け、車でメキシコへと旅立つ…

ハワードの孫、ラファは、暴力的で奔放な母親に愛想を尽かし、闘鶏で生計を立てストリートで生活していた。
マイクとラファ、そして鶏のマッチョは共にアメリカへ向かう。
そこから先は、祖父と孫ほど年の離れた二人のロードムービーとなります。
アメリカへの道中の途中、二人はメキシコの片田舎の小さな町へ立ち寄る。
二人が入った食堂の女主人は、咄嗟の機転で母親の追手から二人を守る。
そのことがきっかけで、二人は町の人々と交流を持つようになる。
町の礼拝堂に寝泊まりする事になった二人。
「俺はみんな神様の子供なんて、信じてないよ」
「俺たちは、みんな誰かの子供だよ…」

馬の扱いに慣れているマイクは、町で野生の馬を手懐ける仕事を手伝う。
噂を聞き付けた町の住人は、マイクに動物を診てくれと続々とやって来た。
「俺は、ドリトル先生かよ…」
なりゆきで動物を診る事になったマイク。
元気が無いペットのブタに「ただの食べ過ぎだ。 体重を減らせ…」
年老いた犬には「年取ってるだけだ。治しようがない」
このシーンは妙なおかしみがあり、91歳のイーストウッドならではの味でしょうね。
町の人々ともすっかり打ち解け、腰を落ち着けようかと考える二人に、母親の差し向けた追手が迫る。

「あんたタフだった。でも今は弱っちい。マッチョだで強かった。でも今は何でもない」
「皆マッチョってやつをもてはやし過ぎだ。 根性を見せたくて皆マッチョになろうとする。 それでもって大けがする…」
母親の追手を振り切った二人。
国境に迎えに来ていたハワードにラファを預けるマイク。
ラファはマッチョをマイクに託す。「焼き鳥にして食っちまうかもしれないぞ」と言いつつ
「俺の行くところはわかるだろ。また会いに来い」
マイクは、マルタのいる小さな町へと戻る。

マッチョのお利口な事…。 私は初めて鶏を可愛いと思ってしまいました。
メキシコの小さな村でのくだりは、乾いた明るい陽光と優しい住人達との交流で多幸感に溢れ、どこか「リメンバー・ミー」を彷彿とさせます。
さほど起伏の無い展開ながら最後まで見せるプロットの技があり、イーストウッドの監督としての手腕を感じます。
マイクはラファの母親に色仕掛けで寝技に持ち込まれそうになったり、女盛りの食堂の女主人マルタに秋波を送られたりと、まだまだ「現役の男」感を前面に出しているのです。
92歳のイーストウッドは性行為どころか、日常生活もままならないくらい年老いて見えるのですが、どれほど年老いても現役の男である、という事は彼のプライドなのでしょうね。
午後ローではイーストウッド映画が度々放送されるため、30代から90代までの彼の変化を観察する事ができます。
掘りの深い造形からか、彼の姿は「ホーンテッド・マンション」のプレショーの「老いてゆく肖像画」のような進化を遂げているのです。
ただ、端正な横顔は若い頃と変わらぬように見えます。
90歳を超えても自らが監督を務める映画に主演し、それがそこそこの興行収入上げる…
これは映画人で無くとも、誰もが理想とする人生ではないでしょうか。
タイトルの「クライ・マッチョ」とは、「男らしく泣け」という意味。
私には「意地を張らず、素直に生きろ」というメッセージに思えました。
今日も無事に家に帰って午後ローを見れていることに感謝😌です。
総合評価☆☆☆☆☆
ストーリー★★★
流し見許容度★★★
午後ロー親和性★★
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